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中古車ジャーナリストの雑文一式。

東京モーターショー2011奇譚

※2011年11月30日執筆

 

「東京モーターショー2011」を見に行かずとも常識的現代人なら誰もが知る話だが、今、自動車メーカー各社が我々に提示しているもの、あるいは提示したいものとは、以下2項に大別される。

1. いわゆる超エコロジーなカー
2. エコなカーでありつつ、いわゆるドライビングプレジャーを極力重視したカー

上記1について自分はあまり詳しいことを知らぬが、まぁ各社がいい感じで頑張ってくれることを望み、そして皆と地球が幸せになれば良いなぁと願うだけだ。

しかし上記2については今、いささか不安に思っている。

いわゆるドライビングプレジャー(以下、ドラプレ)を重視したクルマが絶滅する不安を覚えているわけでは全然ない。絶滅どころか、そういったクルマを作るべしというメーカーの意思は、東京モーターショー2011を見る限りではますます盛んである。

問題としたいのは、その方向性っつーか具体化するうえでのセンスだ。


超コンセプトモデルを除く、比較的現実味のあるほぼすべての「ドラプレ重視モデル」はすべて、あまりにも「20世紀的」であった。如何な超先進エンジンを積んでいようと、如何にローエミッションを謳おうが、古くさいのだ。

ここで言う「20世紀的」とは何か。それを説明するには、不肖わたしが編集を担当した書籍『間違えっぱなしのクルマ選び2007』(テリー伊藤・清水草一共著)のP89で、テリー伊藤氏が述べていることを引用するのが一番だろう。当時の「ダイハツ ブーンX4」に対して、テリー氏が言う。

テリー「これはね、悪いけど、この手の方程式はもう勘弁してほしいんですよ。(中略)この手のクルマがさ、日本の走り屋のポジションを悪くしたんだよ!」
清水「それがクルマオタク差別の源流なんですね(笑)!」
テリー「でね、この手のクルマに必ず付いてるのが、MOMOのステアリングなんだよ!」
清水「付いてます(笑)」
テリー「そしてダメなエアロパーツ。MOMOのステアリングにダメなエアロパーツ付けとけば喜ぶだろうと思ってるんだよ!」

そういうことである。


無論、今回のTMS 2011で展示される「エコなドラプレ車」に、MOMOのステアリングは付いてない。や、もしかしたら付いてるかもしれぬが、そういうことではなく、走り重視といえば疑いなしに「MOMOのステアリング的なもの」を与える発想というかセンスが、20世紀なのだ。

その昔、「走りを楽しむ」と言えば自動的に(わたしは出来ぬが)峠でドリフトすることや最高速チャレンジ、モータースポーツ参戦などを主には意味した。しかし今は違う。ドリフトも最高速もレースも大いに結構だが、21世紀の今、「走りを楽しむ=それらだけ」では決してないことは、指摘するまでもないだろう。

それなのに、自動車メーカーが提示する「走りを楽しむクルマ」には、いまだ「MOMOのステアリング的なもの」が付いているのだ。それはすなわち「フロントリップスポイラー」であったり、「地を這うフォルム」「黒い大径ホイール」「FRレイアウトであること」等々のことである。


自分はそれらをいたずらに否定するものではないし、愚昧ゆえ代案を出せるわけでもないので、大きなことは言いたくない。しかし言いたいのは、「本当の意味で新しいドライビングプレジャーの形」を今、我々クルマ愛好家は発明せねばならんのではなかとですかっ!? ということだ。

それができなければ、「市販車の売り上げを伸ばしたいならモータースポーツに参戦するべきデス!」みたいな意見を、トンチンカンなものとして嗤うこともできぬ。

……などということをブツブツブツブツつぶやきながら会場を回っていると、自分は完全に「あぶない人」と認識されたようで、周囲5mから人波が消えた。好都合である。これから豊田章男社長のプレゼンが始まる。会場は押すな押すなの大混雑だが、わたしの半径5mには人がおらぬ。自分はゆっくりじっくり、章男氏の言葉を拝聴することができた。


……素晴らしい演説であった。真面目な自動車サイトなどに全文がアップされているだろうから、その内容はわざわざ書かぬが、皇族にも匹敵するやんごとなき存在といって差し支えないかのお方が、全身全霊を込めて「ネバー・ギブアップ!」「ドライビングプレジャー・アゲイン!」とおっしゃった。わたしは震えた。しかし震えると同時に、大変僭越ながら意見を申し上げたくなった。

「自分は元左翼ですが、今はすっかり皇室ファンです。それと同様に今日、自分はトヨタファンになりました。そして、臣下となったからにはひと言だけ申し上げたく!
率直に申し上げて、大トヨタ様には『ピニンファリーナ的なパートナー』が必要です!

『ドライビングプレジャー・アゲイン』は大変結構ですが、それをいわゆる一つのトータル的に、まったく新しいモノとして再構成する方面の能力は、(ここで直立不動になって)貴社にはありません! それは、80年代カフェバーの残念な空気を未だ引きずる新型レクサスGS、あるいは『あぁ…走りのいいクルマ、なんでしょうね……』としかコメントしようのない86を見れば明らかであります!

ゆえに、閣下の会社は基本エンジニアリングおよび世界販売に集中していただき、洒脱の部分は、それを得意とする専門家に委ねる。それこそが、貴社だけでなく日本の自動車愛好家らにとってのベストなソリューションであると愚考します! 敬礼!」

自分は以上のことばを大声で発したが、気がつくと、わたしの周囲5mの空白地帯は10mにまで広がっていた。自分は孤独だった。

しかし孤独の先に、10mの空白の先に、フランスはシトロエン社のブースが見えた。おそらくかなりの異論はあるだろうが、シトロエンは自分が思うに今日唯一、「20世紀的お約束」から完全に自由な在り方を提案していたブースであった。新しいというか、もともと変態的に何かを超越してるゆえ、古いも新しいもないだけかもしれぬが。

シトロエンの圧倒的センスと豊田章男氏の覚悟が、もしも融合したら、えらいことになる。そう気づいた自分は、プレゼンを終えてバックヤードに下がりかけた章男社長に向けてさらなる大声を振り絞った。

「社長! お待ちください! 貴社とシトロエン社が『五分の兄弟』として杯を交わしたとき、本当の意味で新しいドライビングプレジャーがこの世に生まれる可能性があります! 世界は変わるんです!!!!!」

 

もちろん、遥か彼方に下がりつつある章男社長に届くはずもなかった。撤収を始めたテレビクルーの肩と荷物がわたしに強くぶつかり、自分は前方に倒れた。無様に四股を地面についた自分の身体のフォルムは、シトロエンDS5にどこか似ていた。


※このエントリは「伊達が東京モーターショーへ行った」ということ以外は、すべてフィクションです。実在の人物・団体と一切関係ありません。