輸入中古車400勝

中古車ジャーナリストの雑文一式。

テレビジョン奇譚

※2011年6月17日執筆

 

※このエントリは自動車とは一切関係なく、特になんの役にも立ちませんので、お時間のある方のみお読みくださいませ。

 

 

日雇い編集者兼輸入中古車研究家兼フリーターとしての自分から見ると、最近の若い者らが書く文章は「漢字比率」が高いように思う。

大昔の日本では、文章内における漢字比率は高ければ高いほどフォーマルかつ上等であるとされていたわけだが、自分は若い時分に「昨今のビジネス文書では『かな』を多用するのがフォーマルかつ上等である」旨の教育を受けた。すなわち他者にモノを頼むなどする際は、

「丸伐の件、是非とも宜しく御願い致します」
ではなく
「○×の件、ぜひともよろしくお願いいたします」
とすべし、ということだ。

自分は爾来この教えを守り、雑誌編集稼業に転身後は「デキる執筆者ほど『かな』を多用し、その逆の者ほど漢字を多用する(雑誌での話。文芸畑は除く)」との法則も発見した。ごく一部の痴れ者は「デナイノ!」「ナカロウカ?」などとよくわからぬ『カナ』を多用するが、それはまた別の話だ。

爾来幾星霜、「かな多用こそフォーマル」との機運は高まり過ぎるほど高まっているとばかり思っていたのだが、下流出版社の若い編集スタッフに原稿などを書かせると、そのゲラは相も変わらぬ「是非とも宜しく御願い致します」式日本語のオンパレードとなる。

はて面妖な……と思いながら自宅あばら家でテレビジョンを観ていた際に、自分は気づいた。いわゆる「テロップ」の影響であろう、と。

映画字幕では1行あたりの最大文字数が決められているが、テレビジョンではそのあたりの基準がないのだろう。長体をかけまくったうえでマキシマムな文字数を画面内に投入しているが、それでもまだ言い足りないと見え、『漢字』を多用することで文字数を稼いでいる。

そういったテレビジョンに影響を受けた若い下流編集者らが、「是非」「致します」「宜しく」「給え」「正に」「及び」などの、常識ある版元であればあまり使わぬ漢字を「ん?これが当たり前じゃないんすか?」的に原稿に使用してしまうのも、無理からぬことなのかもしれない。

まぁ、良い。日雇い編集者兼輸入中古車研究家兼フリーターである自分には、若い者らを教育する義務など特にないのだから、せめて自分だけは「テレビジョンはなるべくこれを観ず、影響を受けず」の方針で今後もやって行こうと決めたある晩、自分は重大なこと気づいた。

「テレビジョンはなるべくこれを観ず」などと方針決定したまさにその瞬間、自分はHDDレコーダーに記録した『日曜劇場 JIN―仁―』を観ながら涙を流しているではないか。またJINを観終えた後は、同じくHDDレコーダー内の『ハガネの女』も観なければならぬし、『NHK BS時代劇「新選組血風録」』も溜まっている。『連続ドラマ「鈴木先生」』は絶対に見逃せないし、『マルモのおきて』も気になるところだ。

完全にテレビっ子である。

こんなことでは出世は到底おぼつかない……とも思ったが、考えてみればTVドラマには「テロップ」はない(多部未華子主演の『デカワンコ』ではテロップがあったような記憶もあるが、そんな記憶がある自分がつくづく厭になる)。であるからして、自分に関しては「是非宜しくお願い致します」式日本語に汚染される心配はない、大丈夫だ、まだ出世の目は残っている……と言い聞かせた同晩、さらに重要なことに気づいた。

最近、自分はほとんどの仕事の口をなくし、午飯は『じゃぱんらんち』の唐揚げ弁当を独りで食す境遇に堕ちているのだが、それもこれもすべては、自分がテレビドラマの影響を受け過ぎてしまったせいなのである。

テレビドラマでは、以下のようなシチュエーションが頻出する。
主人公たる佐藤部長(仮名)の方針に対して異議を申し立てたい一人のスタッフ、鯖崎タカシ(仮名)。その鯖崎が「部長! なんであそこで安易に妥協しちゃうんすか! 見損ないましたよ……つーかオレ今回、アンタのことが許せねえよ!!! クソ!!」と。その発言内容の是非はさておき、組織内のヒエラルキーや調和を著しく乱す発言ないしは行動を誰かがしたとしても、さほど案ずることはない。なぜならば、テレビジョンでは、事態は常に以下のように進行するからだ。

鯖崎「許せねえよ!!! クソ!!」
佐藤部長「事情が事情なんだ、鯖崎。察してくれ」
鯖崎「察するとか意味わかんねえよ! アンタが腰抜けなだけだろうが!!」
佐藤部長「なんだと?(シブイ声で)もういっぺん言ってみろ」
鯖崎「何度でも言ってやるよ!腰抜けなんだよアンタ!!!」
佐藤部長「……(鯖崎をグッと睨みつける)」
鯖崎「……!(同じく、佐藤部長をググッと睨み返す)」

鯖崎はこの後どうなるのだろうか? この険悪な場をどうやって収めるつもりか? いっそこのまま会社を辞めるつもりなのか鯖崎?と、自分などは大いにハラハラしてしまう。
だが、心配には及ばない。
睨み合った二人を残し画面は暗転し、次の瞬間にはもう場面は翌日夜。鯖崎は行きつけのバー様の場所で恋人と二人、酒を酌み交わしている。鯖崎の恋人、坂子は言う。

坂子「とにかく佐藤部長には謝らないとダメだよ」
鯖崎「……オレも……言いすぎたとは思ってる」

その後少々のシーンがあり、再びの画面暗転後、場面は翌日朝にすっ飛び、会議室様の場所で潔く頭を下げる鯖崎。何も言わずポンポンッと鯖崎の肩を叩き、片手を上げながら会議室を出ていく佐藤部長。和解は早期になされた。ここから再び営業2部一丸となっての挑戦は続く………となるから、「言いたいことを言ってしまった後の気まずさ」「その気まずい場所からどう立ち去るか」「ほとぼりが冷めた後、どう関係修復のきっかけをつかむか」などは、テレビジョンの世界においては一切心配する必要がない。『暗転→フラッシュフォワード』が、すべてを解決してくれるからだ。

もちろんそれがテレビジョンの中だけのことであるのはわかっている。しかし、日雇い編集者兼輸入中古車研究家兼フリーターである自分は、暇に任せて『デカワンコ』から『日曜劇場 JIN―仁―』までの録画映像を1日に14時間は観るという生活を、ここ半年続けている。それがいけなかった。

某日。自分はとある案件で、日雇い編集者業における親方(もちろん国沢親方とは何の関係もない)のやり方に対して疑義を抱いた。疑義は疑義として抱いたまま、日雇い編集者の役割を粛々とこなせばよかったのだと今は思う。しかしそのときの自分は気分的に『デカワンコ』において先輩刑事に食ってかかる多部未華子、あるいは坂本龍馬に「暴力は、暴力を生むだけなんですっ!!!!」と訴える南方仁であった。

ゆえに、自分は親方に言った。

伊達「親方! なんであそこで安易に妥協しちゃうんすか! 見損ないましたよ……つーかオレ今回、アンタのことが許せねえよ!!! クソ!!」
親方「事情が事情なんだ、伊達。察してくれ」
伊達「察するとか意味わかんねえよ! アンタが腰抜けなだけだろうが!!」
親方「なんだと?(シブイ声で)もういっぺん言ってみろ」
伊達「何度でも言ってやるよ!腰抜けなんだよアンタ!!!」
親方「……(伊達をグッと睨みつける)」
伊達「……!(同じく、親方をググッと睨み返す)」

親方に対して言いたいこと言って、自分はずいぶんとスッキリした。もちろん疑義は疑義として未だ自分の中にあるが、それについては明日の朝にでも、親方と膝を交えてゆっくり話し合えば良い。自分は『暗転』を待った。

が、もちろん暗転など起こるはずもなかった。

親方はまだ自分のことを睨んでいる。頬は紅潮し、微妙に肩が震えている。

伊達「え、あ、いや……まぁボクも今、ちょっと言いすぎたというか」
親方「もういっぺん言ってみろ」
伊達「はっ? いや、あの、もういいです、うん」
親方「もういっぺん言ってみろ」
伊達「……え~っと、そろそろ昼ですね。弁当買ってきましょうか?」
親方「もういいよ」
伊達「はっ? 先ほどのご無礼、お許しいただける……と?」
親方「……もう二度と来なくていい、って言ったんだよ。入館証、総務に返しとけ」

こうして自分は主たる仕事の口を失い、フリーターを主たる業務とするようになった。大いに反省した自分ではあるが、その後も『鈴木先生』『若さま侍捕物手帖』などを日に10時間ほど観たのがいけなかった。その他小口の仕事先でもほぼ同様の失態を繰り返し、自分はフリーターから無職へと転身した。

今、自分は大口・小口を含むすべての(過去の)取引先親方に宛て、詫び状を書いている。お忙しい日々を過ごしている尊公だとは思うが、ぜひご一読いただき、修正すべき点などのアドヴァイスを頂戴できたらば幸いだ。以下が草稿である。


拝啓 時下益々御清栄之事と御歓び申し上げます。
私儀、過日の乱暴狼藉及び失礼極まり無い発言、大いに反省致して居る次第で御座います。今後はあの様な事は一切行わない所存で御座います故、是非とも取材及び原稿執筆等、再び御発注頂けましたら正に幸いに存じます。又今後はテレビドラマもバラエティ番組に於けるテロップ等も一切見ない事を此処に誓い枡。
敬具 
伊達軍曹拝