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中古車ジャーナリストの雑文一式。

ニューヨーク近代美術館奇譚

※2013年4月17日執筆

 

過日、大山街道に近い青山家の下屋敷付近を散策していると、「MoMA STORE」なる南蛮由来らしき雑貨用品店が目に入った。よくわからぬまま店内をひやかしてみると、そこで販売されていた白いTシャーツをなかなか気に入ったため、自分は懐中より二百文を取り出し、それを今様に言うとゲットした。ゲットのほう、させていただいた。ゲットのほうでよろしかったでしょうか?


本日もそれを着用して永福寺村の参謀本部に登庁しているわけだが、着用しながらも本日朝、自分はそのTシャーツについて「はて面妖な?」と訝しむに至った。

貴殿らもご承知のとおりMoMAとは「ニューヨーク近代美術館」のことである。The Museum of Modern Artの頭文字をとってMoMAである。

ここで当然思い至るのは、「で、“ニューヨーク”はどこに行ったんだ?」ということだ。

自分はエゲレス語に詳しくないが、ニューヨーク近代美術館を普通にエゲレス語にするなら「The Museum of Modern Art New York」となるだろう。それが証拠に、本邦にある東京都現代美術館の正しいエゲレス語表記は「MUSEUM OF CONTEMPORARY ART TOKYO」、略称MOTである。

ならば、ニューヨーク近代美術館もMoMAではなく「MoMAN」あるいは「MoMANY」などにならないとおかしいではないか。

自分はここに、米国人の不遜さを見た。

「近代美術とは我々ニューヨーカーのものである。我々こそが、まさにモダンアートなのだ。だから、今さら“ニューヨーク”などと地名を名乗る必要はない」
彼らはそう言っているのである。これはもう「野球といえば我々である。だから、我々の決勝戦が“ワールドシリーズ”なのだ」と言っている米国野球人同様の不遜さではないか。

自分は15秒ほど怒りに震えたが、その後に少々考え直した。

この「ナチュラルな不遜さ」こそが、米国を(ある意味)世界最強の国家としている源泉なのだ。日本人の悪い癖として変にへりくだったり、何かとバランスを取ろうとしても、不遜な者らの割を食うだけである。「いい人」だけではダメなのだ。ここは一つ思いきって不遜路線に転換したほうが、国家の運営に限らずわたしの人生も好転するのではないか? 出世の目も出てくるのではないだろうか?

以上のことを約0.5秒で考えた自分は、さっそく自己改革に臨んだ。

まず大切なのは「名刺」である。現在自分が使用している名刺は、ごく普通に「主たる業務内容/氏名/電話番号/住所/イーメールアドレス」が表記されているわけだが、これがいけないのだ。アッピールする要素が多すぎて、何かこう「どうぞボクに仕事を振ってください! お願いします!!!」と尻尾をブンブンに振っているニュアンスがある。それではいけない。もっと「不遜」にならねば。

ということで自分はデザイナー氏と会議のうえ、名刺デザインの変更に及んだ。まず主たる業務内容の表記。これは要らないな。俺は俺だ。俺を誰だと思ってんだ? あ? 電話番号も削ろう。この忙しい俺にいちいち電話をかけてくるなど、とんでもない思い上がりだ。電話じゃなくてメールにしたまえ。住所も不要だ。本当に俺の事務所を訪ねたいなら、探偵でも雇って住所をあぶりだしなさい。それぐらいの誠意は見せてもらうよ。

このようにして出来上がったのが、白地に墨で「伊達軍曹 dategunsou●gmail.coml」とだけ書かれた、シンプルで不遜な名刺である。うむ、悪くない。……が、もう少しだけ「不遜な感じ」が足りないような気もする。

ということで自分はデザイナー氏に「いっそ“伊達”っつー文字もトルツメでお願いします」と伝えた。イーメールアドレスのほかは、ただ一言「軍曹」と。うむ、これでいいのだ。世界で軍曹といえば俺のことである。サンダース? ケロロ? 冗談言っちゃいけない、あんな小物と俺を一緒にしないでくれよ。

この新しい名刺を携えて自分はさっそく不遜な営業活動に出た。各出版社の編集長・副編集長クラスとは名刺交換するが、あくまでも「……あぁ、欲しいならどうぞ」というニュアンスで手渡す。20代の若手が名刺を差し出してきても、露骨に無視する。このような活動を繰り返していけば、近い将来自分は出世を果たし、よくわからないが『11PM』の司会ぐらいには収まれる気がする。あの番組がまだやってるのかどうか知らないが。

……しかし、拙の駄文を継続してお読みいただいている方は既に顛末の予想がついているかもしれないが、案の定、自分は東京を逐電するハメになった。仕事を失い、最果ての地に逃げるほかない状況に陥ったのだ。

許可するニュアンスで名刺を渡し続けた編集長クラスには忌み嫌われ、ごく一部の編集長がわたしの不遜さに興味を抱いて小さな仕事を発注してくれたが、その方も今や定年退職した。今、現場で実権を握っているのは、わたしが露骨に無視していた当時の若手である。

現在、公園のベンチでこれを書いているが、WiMAXの代金もそろそろ払えなくなるので、拙の駄文更新もこれが最後になるかと思う。最後に申し上げたいのは、「名刺はなるべくフツーに作りましょう」ということだ。

それでは失敬する。御免。