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中古車ジャーナリストの雑文一式。

宮古島奇譚、というか実話

※2012年9月4日執筆

 

不肖伊達、いわゆる一つのカリズマ中年フリーアルイバイターとして全国にその名を轟かせているわけだが、アルバイターとはいえ「シフト」が立て込んでいた関係で、ここ数年はまともな夏休みを取得していなかった。


しかし今夏は一念発起、沖縄県は宮古島へいわゆるヴァカンスに行ってこました。


しかし宮古島というのも大メジャー観光地である。聞くところによるとMJ参謀長こと清水草一さんご一家も、宮古島へはしばしばお出かけになるという。


なれば、今さら私儀が宮古島のよくある観光インプレッションをここで開陳したところで、さほどの価値もインパクトもあるまい。


ということでジェネラルな観光インプレはすべてすっ飛ばし、「本当に役立つリアル宮古島実益情報」だけをウルトラ厳選し、拙ブログを閲覧していただいている諸兄らのみにお伝えしたいと思う。


それは何かと言えば、「宮古島を訪問した際は絶対に、ぜっーーーたいに、行ってはいけない飲食店」についての情報である。


その店の名を『真神(まかん)』という。敢えて実名を出す。


本来はこういった類のことは言いたくない不肖わたしである。さらに言えば、とにかく宮古島とは本当にすばらしいところで、ぜひ再訪したいと熱望していることは声を大にして言いたい。

だがしかし唯一、『真神』だけはいただけない。「邪悪」という日本語を煮しめたかの如き飲食店なのである。

貴殿が宮古島を訪問し、夜、どこかでいい感じの肴と酒でもイッてこましたろと考えたとする。するとメイン商店街の中ほどに、悪くないアピアランスでたたずむ『真神』を発見することだろう。店頭に掲げられたメニューを読めば、安くはないが、なかなかプライドをもったメニュー展開であることが見て取れるかもしれない。っつーことで入店してみる。

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時間がまだ早かったため客が一人もいない店内に自分が入店すると、佐々木健介に似たヒゲの店主兼シェフは言った。いらっしゃいませ云々よりもまず先に「……ご予約は?」と。

無論、予約などしていない。その旨を店主に告げると、「…………カウンターへどうぞ」と、通常の2倍量の3点リーダの間でもって、案内される。

いわゆるおしゃれ和モダンな店内に、ジャズが流れている。ソニー・クラーク先生のアルバム『COOL STRUTTIN’』だ。大変すばらしいアルバムだが、そのあまりにメジャーすぎるアルバムを臆面なく流す様に、若干いやな予感がする。

メニューを開く。……高い。『なんとかの、カントカ野菜をアレした何々』みたいなフランス料理店風名称の料理が、1皿おおむね2000円前後から。まぁ高くても旨ければそれで良いわけだが、しかし生ビールは沖縄なのになぜかオリオンではなくキリン一番搾りのみ。で、「オリオンビール(缶)609円」というのはいったい何なのか。缶? ソニー・クラーク先生を聴きながら、この和モダンカウンターで、なぜか缶ビールをプシュッとやれというのか? ……解せぬ。

まぁ良い。とにかく肴を頼もう。「宮古牛刺身1200円」というのと、「島の野菜をナントカしてアレした何々2000円」というのが、割高だがとりあえずは妥当な気がする。

ということで、わたしの目の前にいる佐々木健介似店主に「え~とスミマセン、注文いいですか?」と声をかける。が、健介はこちらを見ず「……○○ちゃん、カウンターさんのオーダー取って…」と、またもや3点リーダ付きで、店の奥~のほうにいるアルバイト女性にオーダー受け作業を丸投げする。目の前にいるんだから、あなたがさしあたっては注文を受け、而して後、○○ちゃんに伝票記入等を依頼すればいいんじゃないすか? もしくは「はい、少々お待ちを。○○ちゃん、カウンターさんのオーダーよろしく」とか。

その、客に対してあまりに非礼なふるまいに、『美味しんぼ』の山岡士郎であれば「栗田さん、出よう!」とダダーンッと店を出るのであろうが、それができないのがワタシの弱さである。この2品と酒1杯のみで店を出ることを決意しつつも、わたしは遺憾ながら○○ちゃんに前述2品のオーダーをしてこました。しかし○○ちゃんも店主の影響か、なぜか注文を「受ける」というよりも「許可する」というニュアンスの、奇妙なムーブに終始した。

エニウェイ、注文後、キリン一番搾りを飲みながらしばし料理を待つ。待つ。待つ。待つ……。なかなか出てこないので厨房内を見てみれば、健介は何かの食材を配達してきた業者と、調理の手を完全に止めたうえで話し込んでいる。顧客のオーダーをシカトすることで「顧客より優位にあるオレ、許可を与えるオレ」を演じたいのだろう。貴殿が「偉い」のはよくわかったから、とにかく早くしてくれんかね?

やっと料理が出てきた……と思ったら、違った。「これから『宮古牛刺身1200円』としてお前に提供する肉は、塊の状態ではこのようなビジュアルであり来歴である。お前のような猿にその価値がわかるかどうかは甚だ不詳だが、とにかく見せておくので、心して待ち、そして食うように」という意味合いのセレモニーであった。その後、「島の野菜をナントカしてアレした何々2000円」においても同様のセレモニーが行われた。そのセレモニーの間、健介はこちらの目や顔はをいっさい見ようとせず、斜め下45度あたりを空虚に見つめながら口上を述べていたのが印象的であった。

さまざまなことがあったが、とにかく2品の料理が出てきた。そして私は食らった。

結論として、それなりに旨かった。が、「健介」の自我をそこまで肥大させるほどの超絶ウルトラ美味というわけではなかった。ショバ代が数倍は下らぬであろう東京の麻布十番あたりに行けば、同じ値段か、もしくはもう少し安価で、履いて捨てるほどあるタイプの旨さ……であった。

上記の2皿を3秒で食い、残っていたキリン一番搾りを0.5秒で飲み干した自分は、その0.2秒後に「ごちそうさま、お会計お願いします」といい、支払いを済ませた後、店外へ出た。

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斜め向かいの『和おん』という、島唄ライブが売りの店にフラリと入った。何の気なしに入った店ではあるが、素朴ながら美味しい料理も、三線ライブも、そして店主を含むスタッフ全員の人柄も熱意も、最高であった。健介の店の数倍は食って飲んだにもかかわらずほぼ同額を支払って店を出たわたしは、おそらくは不気味な満面の笑みを浮かべていたと思う。大満足だったのだ。しかし何より不気味だったのは、笑みを浮かべながらもボロボロと泣いていたことだろう。なぜか、涙が止まらなかった。

通りすがりの人々がそんなわたしを避けて歩いていたが、わたしはまったく気にしなかった。そろそろ風も涼しくなってきた。