輸入中古車400勝

中古車ジャーナリストの雑文一式。

働く男のノートPC奇譚

※2011年10月26日執筆

 

昨日。1.5カ月ぶりに日雇い編集者としての仕事が入ったため、自分は15年ぶりに新幹線に乗り尾張国へと向かった。久しぶりの仕事、久しぶりの高速鉄道に舞い上がった自分は、発車予定時刻の150分前にはホームに到着してしまった。待合所にてタバコを1500本ほど喫い終わった頃、自動車評論家のS先生と当該列車がほぼ同時にホームに現れた。尾張国での取材車両は下写真の458 イタリアなる4輪自動車であった。

458イタリアの挙動等についての論評は専門家たるS先生に任せるとして、自分が考えたのは「鉄道車内における男の挙動」はどうあるべきか? ということだ。


多くの人が知るように、平日朝の新幹線車内というのは出張等のために乗車するビジネスパースンの割合が高く、多くのそれらパースンは手元の経済紙を読む・A4用紙に印刷された何らかの数字を眺める・スマートフォーンにて最新ニュースを集めるなど、いわゆる「仕事」に没頭している。

見上げた心意気である。否、それぐらいやらねば、生き馬の目を抜く現代社会では出世が覚つかぬのだろう。ならば自分も、車内で何らかの仕事に没頭しよう。そう思ったが、よく考えてみれば出張取材における編集者の仕事は「現地でのメシ代を払うこと」しかないため、特段やることがない。仕方がないので自分はキオスクで購入した『別冊漫画ゴラク』を静かに読むことで、せめて英気を養わんとした。

しかし、結論として自分は『漫画ゴラク』を読み進めることができなかった。なぜならば、前席に座るパースン付近から断続的に発生する「パタパタパタパタ、バチコーン! パタパタパタパタ、バチコーン!」というノートPCを叩く音が気になって仕方なかったからだ。

なるほど今やノートPCのスペックはきわめて強力であり、無線による各種通信手段も整備されている。となれば、新幹線や飛行機内での時間を無為に過ごすのではなくエクセルをパタパタ、パワポをバチコーン! とやるのが、出世を目指すビジネスパースンのこれ務めであるのだろう。

三つ揃いを着たビジネスパースンだけではない。ふと反対側の座席列に目をやれば、いかにもフリーライター然とした中年男性も「パタパタパタパタ、バチコーン!」をやっている。「デナイノ! デナイノ! デナイノ!」とかなんとか呟きながら。忙しいのだろう。本当にお疲れさまである。

お疲れさまではあるのだが、わたしの英気を養う『漫画ゴラク』を読む機会が「パタパタバチコーン!」で毀損されたことについては、どう考えれば良いのであろうか。

「勝つためには、貴様のように5流漫画誌を読んでいてはだめなのだ。勝者とはこれすなわち平等に与えられた24時間を有効に管理・活用できた者のことである」
「『携帯電話の使用はデッキで』との注意書きはあるが、『座席でのバチコーン!はご遠慮ください』とは書かれておらぬのだから良いではないか。文字が読めぬ猿め」

さまざまな意見があろうが、前者の「漫画ゴラクが5流誌であるか否か」はひとまず措いておく。自分が考えたいのは後者、すなわち「禁止されてないんだからいいじゃないか」という部分だ。

なるほど確かに禁止されてはおらぬ。ついでに言えば、朝のジェイアール電車などでポータブルゲーム機を両手で抱え、対戦格闘ゲームというのだろうか、あの種のソフトで「敵」を打擲すべくパタパタバチコーン!と左右ボタンを連打する行為も、わざわざ禁止されてはいない。ただ、格闘ゲームを電車内でバチコーンしている者の数は実際は少なく、ほんの時たま、学生風の若人がバチコンしている姿を見かけるのみである。

しかし翻って平日朝の新幹線車内。平成23年秋のそこは、ノートPCのバチコーン音がうずまいている。

比較的少ない格闘ゲームの車内バチコーン音と、圧倒的多数のノートPCバチコーン音。その差を分けるものとは、いったい何であるだろうか。

緊急性の違い、というのが主な要因ではあるのだろう。

学生さんが車内混雑のため格闘ゲームをやる機会を逸しても落第はしないが、ビジネスパースンは、重要なパワポとエクセルが間に合わなかったがために「社史編纂室送り」になることは十分考えられる。またそもそも車中で漫画ゴラクを読まずパタパタバチコーンしているからこそ、社史編纂室送りにならずに済んでいる、という考え方もある。

だがしかし、自分が想像するに、本当の心底の要因は「緊急性の違い」ではないのではないか。なんと言うか「なんとなくカッコいいから」、パースンらは列車内あるいは旅客機内でパタパタバチコーンしているのではないかと愚考するのだ。

新幹線内で資料を作るオレ。無駄を排除できるオレ。有能ゆえ多忙なオレ。ギリギリまで最善を尽くし『世界』と渡り合い、白人にも称賛されるオレ。……そういった、まるでアサヒ・スーパードライCMで描かれる滑稽な世界観のような何かが、わたしの『別冊漫画ゴラク』熟読を邪魔した者らの心の奥底にあるような気がしてならない。

そう考えがまとまると自分はいても立ってもいられなくなり、のぞみ号指定席のシート座面にスクと立ち上がり、アジテーション演説を開始した。

「今、パタパタバチコーン中のビジネスパースン諸君、プリーズ・リッスン・トゥ・ミー! ……テンキュウ。さて、皆さんが有能で多忙でカッコいいことは不肖わたし、理解しておるつもりではあります。しかしながら敢えて申し上げたい! 諸君らが本当の本当に有能であるならば、そもそも今ここで、ギリで資料を仕上げる羽目にはなっていないのではないか!?

諸君らが本当に『カッコいい』男であるならば、ポータブル格闘ゲームのボタンを連打する学生のごとき間抜けた音と顔をパブリックな場にさらし、一部の者に不快な思いをさせることはせぬのではないか!? 以上、いきなりの大声で失礼つかまつったが、諸君らと日本の未来を思い、敢えて言わせてもらった次第である! 武蔵国の住人・伊達軍曹!」

 

言いたいことは言ったが、若干の静寂の後、のぞみ号車内はまた従前のパタパタバチコーン音に包まれた。立ち尽くすわたしの後頭部に、誰かが投げつけた東京ばな奈「見ぃつけたっ」の食べかけがぶつかった。むなしくなった自分は「……これ以上、何も言うまい」と独りごち、アイフォーンのヘッドフォンを両の耳に入れ、美しき音楽の世界に沈んでいった。窓の外にはもうすぐ富士山が見えてくるだろう。

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というようなことを、後ろの座席に座る普段着の男が名古屋からずーーーーっとブツブツつぶやいていたため私は堪らなかったのだが、文句を言って暴力を振るわれるのもイヤなので放置していた。静岡県に入ったあたりでやっと不気味なつぶやきが止まったと思ったら、イヤホンで音楽を聴き始めたようだ。漏れてくる音が耳触りで、ノートPCでのエクセル作業がなかなかはかどらなかった。